左手が、おかしかった。

朝、顔を洗おうとして気づいた。
左手が、うまく動かない。
「疲れかな」と思った。それだけだった。キーボードもまともに打てないのに、その日の仕事をなんとかこなして、翌朝もまた同じように起きた。起業してすでに7年、健康診断はただの一度も受けていなかった。病気になるとしたら肺がんだろう——ヘビースモーカーの自分は、なぜかそう決めつけていた。根拠なんて、まるでない。
受診した脳神経内科の医師は言った。「握力もあるし、言葉もはっきりしている。脳梗塞ではなさそうですよ。自律神経の乱れだと思います」。
良かった、と思った。処方された薬を飲みながら、ふだんどおりの生活を続けた。

数週間後、今度は左足がおかしくなった。
ある朝、ベッドから起き上がると左膝に力が入らず、そのまま床に転んだ。立ち上がれない。「これは、本当にまずい」——直感というより、確信だった。
知人に連絡して、総合病院の救急外来へ。その日のうちに血液検査、超音波検査、MRI。そして告げられた言葉が「即日入院」だった。
医師が画面の一点を指差した。「ここです。この白い部分が、梗塞を起こした箇所ですね」。
脳の左側に、白くぼんやりとした影。思ったより小さな範囲だった。でもその小さな影が、左半身の感覚をすべて奪っていた。
診断名は脳梗塞。さらに続く病名——2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、動脈硬化。生活習慣病のフルコースだった。HbA1cは9.5、血圧は200/120。コンビニ飯、深夜作業、タバコ1日20本以上…。長年かけて積み上げてきた不摂生の請求書が、まとめて届いた格好だ。

入院してから気づいたことがある。
かつての自分は、健康に気をつかった生活を「格好良くないもの」だと、どこかで思っていた。早寝早起き、食事に気をつかう、運動を習慣にする——そういう生き方を、なんとなく「自分らしくない」と感じていた節がある。今となっては笑い話にもならないが、それが正直なところだ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次