第1話 Macintosh IIsi

「Si が余ってるんだけど、欲しい?」

そう言ったのは、パイロットをしている同級生だった。周りにMac仲間がまるでいないから、ひとりでも増やしたい。新しいMacを買ったので、前の一台が余っている。そういう話だった。返事は、ほとんど反射だった。

「欲しい!」

90年代の初め。作家になる夢にいったん区切りをつけ、知人の紹介で、東京・四谷の広告企画会社に勤め始めた頃だった。

Macintosh IIsi。1990年に出た、Macの上位シリーズの中では手頃な部類の一台である。ただし、譲ってもらえたのは本体だけで、画面(モニタ)は自分で用意しなければならなかった。秋葉原の電気街に出かけ、純正の13インチのモニタを、かなり緊張しながら値切った。たしか5万円くらいだったと思う。

接続し、電源を入れると、和音の起動音が鳴り、画面の真ん中に、にっこり笑ったMacの顔が現れた。「ハッピーMac」と呼ばれる、起動の合図である。それだけのことに、ずいぶん感動した。

最初は、本体ごと会社の事務所に置かせてもらった。事務所にあったのは、古いノート型のパソコンだけだった。黒い画面に「autoexec.bat」だの「dir」だの、なぞの呪文を打ち込んで、ようやくワープロソフトの一太郎が立ち上がる。その横で、ひとりだけPhotoshopやPageMaker(紙面を組み立てるソフト)を開き、資料を作っていた。いま思えば、なかなか斬新な光景だったはずだ。

この事務所には、何年か通った。徹夜の仕事も多く、とにかくよく働いた。そのせいか、あの頃の年月の感覚は、いまでもあいまいである。ただ、そこで覚えたことが、いまの自分の大きな財産になっているのは、間違いない。

会社を辞めたあと、Siはワンルームのアパートに移った。狭い部屋にラックを入れ、パソコン通信(電話回線でつなぐ、いまのSNSの先祖のようなもの)のNIFTY-Serveをのぞきながら、ちまちまと小説を書いた。こたつの上で原稿用紙に向かっていた頃の続きを、今度は画面の上でやっていたことになる。

周りに、Macの使い方を教えてくれる人はいなかった。だから「MacFan」という雑誌を発売日に買い、幕張メッセで年に一度開かれていたMacの祭典にも出かけた。いまでは考えられない努力である。けれど、苦しかった覚えはない。ただ、楽しかった。

この感覚には、覚えがある。目まぐるしく姿を変えるAIに、かろうじてついていっている、いまの自分によく似ている。三十年たっても、やっていることは案外変わらない。

やがて、次のMacがやってくる。値切って買ったモニタは、その新しい一台につなぎ替えられた。Siの役目は、そこで終わった。

モニタだけが、次の時代へ連れていかれた。

(第2話につづく)

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