「Macと時代の回顧録」|序章

広告の仕事に就いてから、ずっとMacを使ってきた。かれこれ三十年あまりになる。

その頃のMacは、「パソコン界のポルシェ」と呼ばれていた。値段は高い、そのくせよく壊れる。金持ちの趣味の道具。仕事場のパソコンといえば、黒い画面に命令を打ち込む機械のことで、Macはずっと「亜流」の側にいた。なぜMacなのかと聞かれて、うまく答えられた記憶はない。好きだから、としか言いようがなかった。

この秋、長く使ってきたiMac(27インチ、2019年)が、突然、再起動を繰り返すようになった。電源が入り、林檎のマークが出て、また消える。何度やっても同じだった。愛着のある一台だったが、ここで諦めるしかなかった。

次の一台を探して、あれこれ調べた。そこで、思いがけないものを見た。Macが、すごく人気なのである。AI(人工知能)を自分の手元で動かしたい人たちが、こぞってMacを選んでいる。「AIを使うなら、まずMac」という声まである。

あれ、と思った。亜流だったはずの道具が、いつのまにか、真ん中にいる。こちらは何も変わらず、同じ道具を使い続けてきただけなのに。

そこから、これまで乗り継いできたMacを、記憶を頼りにたどってみたくなった。最初の一台から順に思い出していくと、機種と一緒に、その頃の街の空気や、そのとき自分がしていた仕事まで、芋づる式に出てくる。これは残しておきたい、と思った。

この連載では、Macの機種を主役に据える。そのうえで、ふたつのことを書いていく。ひとつは、その機種が使われていた時代の、世の中の様子。ふたつめは、その頃の私の仕事と、考えていたこと。記憶を中心に、随筆のように、つらつらと書き連ねていくつもりだ。

記憶なので、曖昧なところもある。年がずれていたり、思い違いがあったりするかもしれない。調べてわかることは調べて書く。思い出せないことは、思い出せないと書く。

何話になるかは決めていない。思い出すたびに、話は増えたり減ったりするだろう。気が向いたときに、のぞいてもらえればうれしい。

最初の一台は、もらいものだった。

(第1話につづく)

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