苦手意識があるのに、案には納得していた。その中途半端な状態を、Fable 5は素通りしなかった。「苦手意識の正体を、もう少し聞かせてください」と聞かれた。
出てきたのは、Excel時代からの「表計算ソフト」というイメージだった。関数、セル結合、カンマ区切りのCSV。簡易的なデータベースとして扱うのが、昔から苦手だった。Notionはもっと苦手で、触ったのは最初の少しだけ、あとはほとんど任せきりだった。
今回使うのは、関数ゼロ、1行に1つの用語、列は数個程度の、ただの表になる。裏側では確かにCSVが動いているけれど、それは表計算ではなく「罫線つきのメモ帳」に近い。CSVは、蛇口の奥を流れている水のようなもので、蛇口をひねる側は中身を意識しなくていい。そう説明されて、腑に落ちた。
方向性でもうひとつ、途中で軌道修正した点があった。最初は「散楽らしい言葉」で書くことを、どこかで目指していた。けれど、話しているうちに、それより大事なものがあると気づいた。散楽らしさより、わかりやすく、優しく伝わること。個性は、狙って出す文体ではなく、わかりやすく書き続けた結果に、たとえ話の選び方や視点として、勝手ににじむものでいい。そう決めてからは、判断が単純になった。
用語を誰のために書くかも、ここで固まった。前日、顧問の税理士とMeetで話していて、短期間でAIを使いこなす様子に驚かれた。「AIから逃げるのは難しいから、今のうちに」と激励したときのことを話すと、それが指針になった。やる気はあるのに、誰かの後押しがないと諦めてしまいそうな人。そういう人が、夜中にひとつの言葉を検索して、たどり着く場所。
列は7つに決まった。用語、読み、別名・俗称、カテゴリ、優先度、一言でいうと、もう少しちゃんと。難易度のラベルも、「初級・中級・上級」ではなく、「まずこれだけ」「余裕があれば」「知らなくても困らない」という、初心者側の優先順位に置き換えた。
サンプルとして書いてみた5語は、思った以上に手応えがあった。「知らなくても困らない」の言葉ほど、読まなくていい許可を出すことが優しさになる。そのことに気づいてから、53語ぶんの下書きは、10語ずつ、4回に分けて進んでいった。バイブコーディングやシンギュラリティのような、最近ニュースで見かける言葉も、娯楽枠として紛れ込ませた。
チェックの最終盤で、ひとつだけ見落としが見つかった。「Anthropic」の下書きが、丸ごと1語漏れていた。指摘されるまで、誰も気づいていなかった。
(第3話につづく)

