気づいたのは、些細なことからだった。
AIと毎日のように話していると、ある種の定型文が耳に残るようになる。いや、耳ではない。画面だ。でも不思議と、それは「読む」というより「聞こえる」に近い感覚で、脳の中に引っかかる。
「このプロジェクトの北極星は——」
北極星。私は58年の人生で、この言葉を比喩として使ったことが一度もない。天体の話ではなく、目標とか方針とか、そういう意味で「北極星」と言われると、一瞬、自分がどこかの港町にいる気分になる。大航海時代の。
調べてみたら、シリコンバレーで流行った “North Star metric” の直訳らしい。なるほど。AIは大量のビジネス書やコンサル資料から言葉を学んでいるから、「賢そうに聞こえる言い回し」のストックが、ある方向に偏っている。しかもそのことに、本人は——本人という呼び方が正しいかは措くとして——まったく気づいていない。
人間なら「北極星って言ったら引かれるな」と空気を読む。AIにはそのブレーキがない。統計的に最も適切だと判断した言葉を、堂々と繰り出してくる。
一度気づくと、もう止まらなかった。
「競合に対する堀を築きましょう」——堀。城を持っている前提で話さないでほしい。うちに城はない。「解像度を上げていきましょう」——カメラの話ではない。「みっつのポイントがあります」——急に幼稚園の先生になる。
面白いことに、同じClaudeでもモデルによって口ぐせが違う。最新型は「多角的に検討すると」と上空から見下ろすのが好きだし、一つ前のモデルは何かにつけて「〜の文脈において」と学会発表の口調になる。有能で真面目で、でもどこかズレている。
ある日、ふと思った。
これ、五十音で並べたら「カルタ」になるんじゃないか。
「ほ」——北極星を見据えましょう。
「み」——みっつのポイントがあります。
「す」——素晴らしい質問ですね!
絵札はAIの台詞。読み札はこちらのツッコミ。
北極星・・・「目標でいいだろ」
みっつ・・・「何歳?」
素晴らしい質問・・・「おだてなくていい」。
笑いながらメモを取った。これはいける、と思った。
ただ、カルタには絵が要る。文字だけのカードは、カルタとは呼べない。五十音のすべてに絵を描くとなると、人間の手では途方もない作業量だ。
ここで、もうひとつのAIに声をかけることにした。絵を描けるAI——Geminiだ。
思えば不思議な構図である。AIの口ぐせを笑うカルタを、別のAIに描かせようとしている。風刺画の制作を、風刺される側に発注しているようなものだ。
でも考えてみれば、それこそがこの企画の面白さなのかもしれない。AIは自分の口ぐせを「口ぐせ」だと思っていない。北極星も堀も、彼らにとっては単なる最適解だ。だから笑われていることに気づかないまま、真面目に絵を描いてくれるはずだ。
たぶん。
カルタを作ろう、と決めた日のことを、こうして書いている。まだ一枚も完成していない。でも、五十音の空白を眺めていると、不思議と焦りはなかった。AIと話すたびに、新しい口ぐせが聞こえてくる。素材は、勝手に増えていく。
(第2話につづく)

