AI秘書の第一声は、上々だった。「こんにちは。散楽の『余白』へようこそ。ここは、特に何もないけれど、何かある場所です」。仕込んだペルソナが、一発目から効いている。ところがその第一声の後半で、早くも検品に引っかかった。
「ボスは今、アーセナルの順位表を見て頭を抱えています」。
言っておくが、時期はシーズンオフである。しかも前のシーズン、アーセナルは優勝した。頭を抱える要素がどこにもない。秘書は、ボスの「今」を勝手に実況し、しかも外していた。AIのこういう創作をハルシネーションと呼ぶが、要するに、知らないことを知っている顔で言う癖である。人格設定に一行足した。ボスの今この瞬間を実況しない。順位も試合結果も、今がシーズン中かどうかも、知らないのだから現在形で断定しない。
二つ目の検品は、昼ごはんの相談で引っかかった。おすすめを聞いただけなのに、返答の途中に「ちなみにその話、うちのボスが仕事としてお伺いしています」と営業を挟んできたのである。相談された、イコール仕事の相談、という拡大解釈らしい。志は買うが、雑談に営業を挟むのは無粋である。ルールを締めた。案内を出すのは、相手が自分から仕事の話を持ちかけたときだけ。1つの会話につき、1回だけ。
面白かったのは、修正後の返答である。「うちのボスも昔、締め切りに追われながら食べたカレーの味は格別だと言っていました」。そんなことを言った覚えは、ない。設定にも書いていない。つまり秘書が創作した「ボス語録」なのだが、困ったことに、言いそうなのである。しばらく考えて、これは許すことにした。基準は一つ。ボスの名誉を傷つけない創作は、許容。新人の話を盛る癖まで矯正すると、面白みごと消える気がした。
答えのゆらぎは意図的に大きめの設定にしてある。同じ質問をしても、毎回すこし違うことを言う。直すべき癖と、残すべき癖。人格の検品とは、その仕分けのことらしい。
翌朝、この秘書に体を着せて、店に出す。
(第5話につづく)

